「おめでとう」
    「……ということはやはりこれはいい結果なんですね」

    そう妙に重々しく告げる骸に首を傾げる。彼と綱吉自身が手に持つのは何の変哲もない、ただのおみくじだ。
    が、馴染みない骸のことだ。いまいち把握しきれないのだろうと横から覗き込んで
    ―――ッチ、大吉かよ。などと柄悪く内心で舌打ちながら先のセリフを告げたのだけれども。

    「大吉はおみくじの中で一番いい結果だよ。何か不満でもあるのか?」

    どれどれ、と内容をよく確認しようと彼の指から細長い紙を抜き取る。途端、長い指がそれを奪い返した。

    「他人のものを無断で借用しようとは。ご立派な手癖ですね」
    「んじゃー、見せてください」
    「お断りです」
    「断ってもダメなら余計なこと言うなよ!」
    「どこがですか。ものすごく棒読みだったくせに」

    断るという言葉を辞書で引いてから言って下さい。なんて、新年早々変わらぬ骸の厭味に、こちらも相変わらずだろう嫌そうな顔で返した。
    まあ、変わらない、変わらないと言いつつも、変わった骸など想像もつかないので、
    きっと本当に変わらないまま骸との関係はこんな風に続いていくのだろうけれども。

    「………うん、しばらくは大丈夫だろ」
    「…何を一人で納得しているんです。気色の悪い」
    「お前にだけは言われたくないよ。ったく」

    げんなりと息をついて。でも確かに不審だったか、と理由を示すよう両手を骸の近くへ運んだ。

    「ほら、ここ、オレのおみくじに【仕事運】で【そこそこ円満に進むでしょう】って書いてるだろ。だから」
    「何が、だから、なのか全く分かりませんが。それより【波乱に満ちているでしょうが、】という前置きは丸っきり無視ですか?」
    「そこはそこ。もう今更だろ…」
    「……まあ、そうですね」

    中一からこっち、波乱に塗れてない人生など綱吉には欠片も存在していない。あるのは笹川京子というきらめく癒しぐらいだろうか。
    暗澹とため息をついていれば、ちり、と微かな気配。
    勘の赴くまま身をよじれば頬の向こうを通り過ぎた後、風が髪をなぶる。
    見慣れたくない、三叉槍だ。

    「っ、おまっ、こんな人ごみん中で何やってんだよ!」
    「ふむ、確かにそのおみくじは当たってるようですね」

    くるりと一閃。瞬きの間に消えた骸の武器はどうやら他の人には見えていなかったらしく。せっせと境内へと向かう参拝客たちにホッと胸をなで下ろした。

    「当たってるかどうかの確認ぐらいもうちょっと穏便にしてくれ」
    「おやおや、何事も分かり易いのが一番でしょうに」
    「どんな屁理屈だよ…」
    「こんな屁理屈ですが?」

    さらりと応える、そんな骸との会話に辟易しながらも徐々に慣れていっている自分に綱吉は、ああ、こういうとこが円満といえば円満か。
    と、どこか達観した気持ちで【末吉】という結果を受け入れた。
    が、しかし、それはそれ。きちんと釘を刺すべく文句だけはきっちりと告げる。

    「あのなあ、結果なんて一年過ぎないと分かんないんだよ。ちゃんと来年まで待て」

    それでこその醍醐味だ、なんて慣れない単語までオマケにつけて。さて、どんな反論がくるかと身構えていたのだけれども。

    「……来年まで…」

    ぽつりと誰ともなく呟いたっきり、黙り込んだまま背をむけて神社を後にする骸に呆気にとられる。
    とられていたから、慌てて千種と犬に声をかけて、追いついた時にはもう骸はいなくて。

    「何だったんだ?」
    「………骸さま、考える事が出来たって…」
    「なんだ、その出来たってやつは…」

    残されたクロームの下がった眉に綱吉は頭を掻いた。疑問はいくつもあれど彼女が答えられるはずもなく。

    「まあ、いいか。ああ、そうだ、クローム。母さんがおせち残ってるから持っていってって」
    「…ありがと」

    こくりと頷いたクロームと二人、家路を進む。
    そんな綱吉から一歩下がった後ろ、クロームは冬でも変わらない制服のポケットの奥、ねじ込まれたおみくじをそっと指でなでた。
    ―――待ち人来る。
    書かれた結果を受けた主の心を思うその手つきは、戸惑いを残しつつも、確かな温かさに彩られていた。



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