く、と引かれる感覚と、あ、と小さく落とされた声は同時に骸へと届いた。


    「あー、見事に絡まってるな、コレ」

    自身の右手を持ち上げて綱吉がしげしげと眺める。その先、きらりと光るボタンに背に流していた骸の髪はつながっていて。
    ひとつ、ふたつ。確かめるように引っ張られ、眉が寄る。このひ弱なボスは人の髪を一体なんだと思っているのだろうか。
    慣れ親しんだ傷などと比べれば痛みとも言えぬほど微々たるものとはいえ、他者によって及ぼされれば不快にしかならないというのに。

    「ボンゴレ」
    「んー、ちょっと、待って」

    1トーン下がる、なんて分かりやすい骸の機嫌なぞ構いもせずに綱吉は離れていた距離を1歩、詰めた。

    「…綱吉くん」
    「ん、ここか?」

    解きにくいだろう左手でひとすじ、ひとすじ、不器用により分けている感触が伝わる。
    決して痛みを生じさせぬよう慣れたその手つきは、一緒に住んでいたというあの雷の守護者によるものだろうか。
    ―――ひどく、不慣れな心地に骸は振りほどくよう、距離を離した。
    外へと続く扉から綱吉へと視界が移り変わると同時、ぶちり、といくつかまとめて引き抜かれただろう音がする。
    追って、大袈裟なほどの悲鳴が重なった。

    「何してんだよ!もったいない!」

    含みひとつないそんな台詞が妙に苛立つ。

    「後でちゃんと凪に謝っとけよ」

    あんなに綺麗な髪を、ホントもったいねー。
    なんて、迫力など欠片もない瞳で睨みつけてくるのが、とてつもなく嫌いだ。
    なのに

    「憑依にしたって痛いだろうに。 お前、バカだろ」
    「……君にだけは心底言われたくないですね」

    そんな、それこそ馬鹿のように捻りのない文句しか返せないなんて。



    どうして、落ちた髪のように
    今、簡単に引き千切って捨てられないのか。




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