*バレンタインデー話とは未リンクです*



    「3月14日が何の日か、ご存知です?」
    「ホワイトデーだろ?」

    前触れなく訪れた骸の問いに、間髪おかずに答えたら至極微妙な顔をされた。



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    世の女性を大いに振り回すバレンタインデー。その対ともいうべきホワイトデーが男性諸君へと浸透し出したのは綱吉がまだ幼いころ、
    教科書に載る一題、一題を必死に解いていた学生の時分だ。
    いつの間にか製菓会社の陰謀は男側をも巻き込むようになっていて。
    “大変だなあ…”なんて、バレンタインデーともども疎遠であった綱吉は他人事として―――多大なる羨望とともに―――見ていたのだけれども。

    「も、もしかしてホワイトデーってイタリアにも魔の手を伸ばしてるのか?!」

    血の気を引かせて叫べばあっさりと骸に首を振られ、ホッと安堵の息をつく。
    バレンタインがイタリアにおいても“恋人との日”として特別な認識を持たれていると知ったとき、
    何の気なしに“んじゃあ一人者はカップルに花を持たせてやるか”なんて、格好つけて相手のあるファミリーに休日を振る舞ったのは先月のことで。
    まさか、情熱の国と呼ばれるイタリア人があんなにも恋に熱いとは思いもせず。
    結果、言いだしっぺ、かつ立派な一人者であった綱吉は宿題なんて目じゃない忙しさに追われるハメになったのだ。
    ……あの虚しさはそうそう味わいたいものではない。

    「焦ったー…。ったく、紛らわしいこというなよ、骸」

    不安がなくなったことからスッキリと笑いかけるが、呼びかけた骸は相変わらず浮かぬ顔。

    「焦る観点が全く違うっていうところに突っ込むべきなんですかねえ、僕は」
    「はあ?」
    「……全く理解しているようでちっとも理解していないのは、ほんと、君の悪い癖です」

    意味分からん。
    視線どころか態度全体で伝えれば深々とため息。……どうにも馬鹿にされている感が否めないが。

    「なに?何かあるのか?ホワイトデー」
    「ええ、ええ、ありますよ。たっぷりと」
    「………いちおう、凪たちにはお返し、買ってあるけど?」
    「そうですね、凪も貴方へのお返し買ってましたよ」

    バレンタインもホワイトデーもどちらも贈り合うとは、奇特なことです。
    が、贈るというならそれ相応のものを渡して下さいね、当然。

    そう本日も絶好調な親バカを披露して。骸はまた妙な空気をまとう。

    「君、あの鳥男と明日、会う約束したでしょう?」
    「鳥男って、んな怪人みたいな……。うん、まあ、面白い情報を手に入れたっていうから財団に行くつもりだけど?」
    「“おやつをあげる”という人には付いていっちゃダメですって貴方、あの母親に教わらなかったんですか」
    「オレは3歳児か」
    「似たようなものでしょう」
    「似てたまるかよ!」

    馬鹿にされているような、どころではない。これはきっと確実に喧嘩を売られているのだろう。
    “受けて立ってやる”、そうグローブを嵌めかけていた綱吉は次の言葉に全てを固めさせられる。

    「建前と本音の区別もつかないボスは子ども以上に性質が悪い。…君、行けば明後日には人生変わってますよ」
    「……何か変なテレビでも見たのか、骸…」
    「身ぐるみ剥がれて泣いて帰るのがオチですね。いや、もしかしなくとも帰ることすら出来ないかもしれませんねえ」
    「………おおおーーい、むーくーろーさーん?」
    「ともあれ、こんな風にへらへら笑っていられるのは今日限りとなるでしょう」
    「なに、もしかして怒ってるの?」
    「ええ怒ってますともそれが何か?」

    ノンブレスでにっこり。
    骸の背後にどんよりとした黒いものが見えた気がした。
    が、怒っていると知れども理由が全く分からない。
    謝るべきか理不尽だと怒るべきか、反応に困って首を傾げる綱吉の耳へ、ふと、吐き捨てられた愚痴が届く。

    「―――先に目をつけてたものに手を出すなんて、不愉快も甚だしい」
    「…えーーーっと、つまり、それは拗ねてるってことなのかな?骸さん」
    「そうですね拗ねもしますよヒバリくんはともあれ僕にもチョコを渡さなかった不届き者が目の前にいますからねえ」
    「わあ…。…うん、すごいわ、お前の肺活量」
    「お褒めに与り光栄です」

    青と赤。二色の瞳をさらにひんやりとさせて向けられる笑顔に、綱吉の頬はますます引きつって。
    引きつって―――可笑しさに歪む。

    似たようなものって、どっちが。

    まるで不貞腐れた子どものよう。どうせなら3歳児なみの素直さも似たらいいのに。

    綱吉=男、バレンタインのチョコ=女性によって渡されるもの。この二つが違和感なく骸の頭の中で結び付けられているのは何とも腹立たしいけれども。
    まあ、うん。長い付き合いの中、これが年に一度あるかないかの珍しい状態だということは分かったから。


    だったらホワイトデーにチョコのひとつぐらい贈ってもいいか。

    なんて気まぐれを湧かせる。
    こんなにも熱い気持ちをもらったのだからお返しは妥当であろう、と。
    言い訳に包んだ内なる意味に骸が気がつくか、否か。
    己の考えに照れて、誤魔化すよう綱吉はへらりと笑った。




                                                                                                                                                                       09.03.13UP