甘い甘いチョコレートを甘い甘い感情とともに手渡す日。
    そう、子ども同士が交わす約束事のように他愛なく、日本では祝うという。
    赤いバラや派手派手しい宝石を添えるよりはよほど建設的だとは思えども、
    呑気なことだ、とこぼれる嘆息は抑えきれず。
    骸は呆れとともに、目の前の人物を見下ろした。


    「これは凪の分」

    はい、と手渡されたのはつるりとしたビニールの小さな袋。
    表面には“麦チョコ”のラベルがおどっていて、日本語で記されたそれはわざわざ空輸したということを示している。
    円にすれば至極些細なもの。だが、イタリアの地においては間逆をいくもので。
    近場の店で買えば同じ値段でそこそこ味の良いものが買えると分かりきっている代物だ。
    だというのに。

    「好きな味ってそうそう変わらないって聞くけど、まあ、気に入らないようだったら後日またお茶しようって言っておいて」

    面倒の“め”の字も表すことなく、綱吉は次々と甘い包みを骸の腕へのせてくる。

    「これは千種さんと犬さんに。味より量ってとこで申し訳ないんだけどさ」

    とんとん。と音をたてて積み重なる重み。
    甘さが増していくのを近く感じる。
    相変わらずお人よしで自分にまるで自信のない綱吉は、残すようだったら食事でも行きましょうって言ってて、と弱弱しい逃げ道を作りだす。

    「で?」
    「は?」
    「僕の分。まさか、ない、なんて言わないでしょうね?」

    呼びつけておいてその“まさか”は通じるはずもない。思う以上に表情に出ていたのだろう。骸に向けられた綱吉の顔が嫌そうに引きつる。
    そうして往生際悪く、薄茶の瞳が逡巡するように室内をうろついて。鈍さにもほどがある、と苛立つ間際におずおずと左手が差し出された。
    ラッピングされた小さな箱には、いつか骸が美味いといったことのある店のロゴが綴られているから。

    「まあ合格点、といきましょうか」
    「意味分かんないし!つか、そんな偉そうに言われるぐらいならオレが食ってやる!」
    「おやおや、いつからそんなに毒づいちゃうようになったんですかねえ」

    贈り物ぐらい素直に手渡して下さい。続ければひどく忌々しそうな表情。
    刺々しいほどの空気さえ広がりそうな綱吉だが、その不機嫌は長くはとどまらず。

    「ほんっと、もう、………チョコ見ればお前を思い出すぐらいは、オレ、毒されてるよ」

    なんて。



    これも歳のなせるわざ、なんですかねえ…。

    などと、不意打ちに沈黙してしまった思考を挽回すべく。
    骸は妙に薄い笑みを無理やり、押し広げた。




                                                                                                                                                                   09.02.14UP