「Dado」
    この言葉をもう何度耳にしただろう。
    “死”、なんて。物騒で暴力的で、誰だっていやなものに違いないというのに。
    今も、そう。唾を飛ばしながら叫ぶ中年の男に綱吉の胸がずしりと冷える。
    震えそうなほどに硬く握られた指は白く。それでも一心にこちらへと向けてくる銃口に何を見ているのか。
    所属するファミリーのボスについて?それともいるかもしれない家族への思いだろうか。答えの出ぬ問いに憂鬱さが増す。
    的だろう心臓を男の前に、綱吉は零れそうになる吐息を抑えた。
    絶対絶命だろう状況。だが、おそらくは相手の精神こそが追いつめられている。
    ボンゴレの同盟ファミリーが集う会食の席に潜り込めるように細心の注意を払って出来た、今。
    そうして長くを過ごした男の心が摩耗していないはずもなく。
    刺激しないように、息をひそめる。
    まぶたひとつの動きですら操るなんて、面倒極まりない計算だ。
    昔から苦手なその行為を困惑せずに選べるのはムチとムチとたまーにアメを用いて鍛えてくれた先生のお蔭。
    そして。

    「懲りない人ですねえ」

    ふわりと、まるで空気を透かすように現れた青年のせいでもあるのだろう。

    「馬鹿のひとつ覚えのように同じことをくり返してはほしくないのですが」

    ねえ、ボス。
    そう小さな笑い声が背の近くへ。
    空間を揺らして目の前へ形づくられたのは三叉の槍と手袋をはめた腕。
    抱きしめられたかのようなその立ち位置のままに、背後の霧が言う。

    「彼は僕の獲物ですよ」

    だから諦めてください。そう謡うように話しかけた先の男は哀れなほどうろたえていて。
    唯一の武器であろう銃すらも、もはや意味をなさない。

    「Buona notte」

    霧が、すべてを染めた。





    お休みなさい。
    そんな日常的な言葉が直截的な死の言葉よりよほど背筋を凍らせるのは、含む感情の深さゆえか。
    間合いも何もないほどの距離で綱吉は思う。

    霧の銃口はもうずっと前から向けられていて。
    持ち手の先の存在に、もう何度も心乱される。

    すぐ傍の“死”に。
    誤魔化しきれない“情”に。




    銃口の先の仲間を、どう心の内に区分すればいいのか。





                                                                 09.08.07UP