今や押しも押されぬ優秀な右腕として、ボンゴレ10代目の傍らに立つ獄寺。
    時とともに成長したその男の、久方ぶりの狼狽。
    まるで10年前へときれいに巻き戻されたかのような姿に、懐かしさやおかしさ、そしてほんの少しのさみしさを感じて。
    笑っていたのだろう山本へと獄寺は凄味ある表情で告げた。

    ランボは10年バズーカの詳細についてボビーノへ。
    自分はリボーンさんを迎えにいく。
    その間、くれぐれも粗相のないよう、10代目をお守りしろ。

    くれぐれも。に思いっきり力を込めて、至極離れがたそうに山本とチビ綱吉のもとを後にしていった。

    そして、残されたふたりは。



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



    「ツーナ、遠慮なく掴まっていいんだぜ」
    「う、うん…」

    おずおずと伸ばされ、握られる小さな手。遠慮するなと声をかけてもようやっと伝わるほど些細な感触に山本はくすぐったく笑った。
    20年と時を戻された綱吉が掴むのは山本の黒髪。短いそれに戸惑いながら触れているのを肩車をしながら感じて。
    少々、強硬手段へ出る。

    「っ、わあっ!」

    ぐらりとした揺れに飛びあがって、力強くしがみつかれる。
    額の上をきれいに回った両手に声にして笑えば、ムッとした空気。
    さすがに無理やりがすぎたかと素直に謝れば、綱吉をまとう空気はあっという間にゆるんだ。
    山本の頭にまわされた手はそのままに。

    「たけしお兄ちゃん」
    「…んー?どした?」

    らしくもなく物思いにふけっていたら、ツン、と軽く髪を引かれて呼ばれる。
    この『たけしお兄ちゃん』はどうにも面映ゆい心地がぬぐえぬが、獄寺が去りぎわに山本へ耳打ちした“これからの綱吉の未来にさわらぬように”
    という配慮を思えば、照れてるわけにもいかない。
    獄寺は“はやと”としか名乗らなかったし、山本も“たけし”としか紹介されなかった。
    まあ、獄寺が最初に呼んでしまった『山本』を記憶されていたら効果は薄いのだろうけれども。あいにくとあの島国に山本はありふれている。

    「たけしお兄ちゃん?」
    「と、わりーわりー、ぼうっとしちまってたな。どーした?ツナ」
    「うん…あの、いま、どこに行ってるの?」
    「うーん、そーだなー、特に目的地はないんだけどなー。ツナはどっか行きたいとこある?」
    「………わかんない」
    「んじゃあ、この辺ぐるっと回って気に入ったとこに行ってみるか」

    決定。言って足を進め行けば、しばらくののち、ぽつりと降ってきた言葉。

    「ごめんなさい…」

    音にすればしょんぼり、だろう声に山本は歩みを止める。
    先ほどまでの綱吉とはまるで違う様子にどうしたのかと、出会って短い時間を振り返っても思いつくものがなく。

    「どーした?ツナ」

    真っ向から訊ねた。そしたら途端に伝わる居心地の悪げな身じろき。
    沈黙と沈黙と沈黙。
    重くはないけれど心配が大きくなってきたころ、綱吉は答えをくれた。

    「行きたいとこ、言えなくて……ごめんなさい」

    固く閉じていただろう口を割って現れたセリフに山本は目を見開く。
    ごめん、なんて、そんなこと。

    「っう…?!」

    息をのむ小さな声。それに謝るのは後で。
    山本は肩からおろした綱吉へと視線を合わすべく、抱えた胴を近く真正面へと持ち上げた。

    「ツーナ」
    「は、はぃ」
    「ツナはちゃんと答えくれたぜ?」
    「え…?」
    「わかんない、って。ちゃんとした答えだろ?」

    きょとんとした丸い瞳はそれこそ二つそろって『分からない』と言っているようで。
    山本はらしくもなく胸にわく思いをまた、震わせる。
    出会ったころから何度となく脳裏をよぎった“もしも”。

    もしも、綱吉ともっと早く出会えていたら。

    同い年で住う場所も近くにいた綱吉と中一なんて年よりももっと早く会えていたらと、山本は折につけて思わされる。
    特に綱吉のこんな姿を見せられると、より一層。
    その柔らかな心根こそが綱吉の優しさ、大らかさを作るのだと分かってはいても。

    そしてその度に、ならば“もしも”の頃の己はどうだったかと想像の触手を伸ばし、毎回唸らされる。
    この小さな綱吉と同い年の山本なら、なおさらに。
    たとえば、綱吉にしたように行きたい場所なんて訊ねてみようものなら、答えは決まっている。
    グラウンドだ。
    土手や公園に変わったとしても、結局は野球ができる場所で変わらない。
    好きなものは野球で。それは誰もに共通なことだと思いこんでいた頃。
    そんな時に綱吉と出会っていようものなら、先ほど山本が体験させたアクロバットさなんて可愛くさえ感じれるだろうほどに散々な目にあわせていただろう。
    10年経った今でもランボは山本とのキャッチボールに引きつった表情を見せる。
    悪い、悪いと謝ることができた13のときですら、それほどに我を忘れていたのだ。
    きっと押しつけどころじゃない強引さで巻き込んでしまっただろうし、
    もし、綱吉が嫌だなんて拒んだらそれっきり離れてしまったかもしれない。
    幼い自分の視野じゃ捉えきれなかっただろう姿に、気づかず背を向けていたかもしれないのだ。

    くたくたになるまで遊んで、ぼろぼろになるまで刀を取り。
    そうして“仲間”という言葉を心から実感させられて、広がった視界はまぶしいほどだというのに。
    きっと、絶対、子どもの自分は気がつかない。

    でも、それでも。
    さみしげな綱吉のそばにいることができていたら、なんて何度だって思わされる。



    「たけしお兄ちゃん」
    「ん?」
    「あの、行きたいとこ、うまく言えないけど、でも」
    「うん」
    「…………また、かたぐるま、してくれる?」

    きゅ、と支える腕にそえられる綱吉の手。
    柔らかなそれは、山本の胸へと力強く届いた。


    願わくば、ほんの少しでも
    この小さな身体へ、温かな気持ちを返せるように。





                                                                       09.05.26UP