雷と嵐。
    某・ヒットマンは兄弟みてぇなもんだと表現したらしいが、当の本人からしたらとんでもない話である。
    この大人げない人の一撃がどんだけ痛いか分かって言ってるのだろうか、あの野郎は。
    まさしく嵐。ギンギンと尖った視線に真っ向から挑むたびにランボはそう思う。
    兄弟なんてとんでもない。こんな人と血がつながってたら女の子を口説く幸せを知る間もなく天に召されていたに違いないのだ。
    雷と嵐―――ランボと獄寺は出会い頭から(一方的に、理不尽に)不穏な空気を漂わせるのが常であった。
    泣かされたランボが10年バズーカを使うことも、ためらわず引き金を引くことも。
    そう、何ら変わりないいつも通りだったの行動であったというのに。



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    からーん、からからから。と、乾いた音がランボの両耳を経て、薄らぼんやりと滑っていく。
    ああ、獄寺氏のダイナマイトがおちたのか。
    脳がたたき出したのは、そんなどうでもいいようなことだ。
    アメ玉のようだ、と大事な大事なランボの大空が評した緑の瞳はただ一ところに釘付けで。
    辺りをさまよっていた煙が晴れるにつれて明瞭な像を刻む己の良好な視力に、叫びだしたくなる衝動が襲った。
    ふわふわと柔らかそうな茶の髪。大きな丸い両の目。驚いた拍子にその二つが揺れる仕種はまちがいなく、沢田綱吉、彼の人だ。
    ただ、そう、一回りどころではなく縮んでしまったことだけを除いて。
    頭のてっぺんから足のさきまできれいに縮小されてしまった姿はだれが見ても、幼児。

    ………まずい、ほんきでころされる。

    衝動どころか今にも口をついて、叫んだそのままに遁走したい気持ちがじわじわとランボの背へのしかかった。
    事の流れはそれこそ本当に他愛ない、日常のなかに転がっているいつも通りのささいな喧嘩から始まったこと。
    だが、10年バズーカの引き金を引いたのは確かにランボで。させじと足を引っかけた獄寺と二人、原因として追及されても言い逃れできない立場にある。
    まさかよろめいた先、諍いを宥めようとしていた綱吉へバズーカが当たるなんて…。
    しかも後方射撃の二段階発砲など。未だかつてない使用法に冷や汗が出る。
    結果は見ての通り、10年後どころか20年は軽くさかのぼってしまった未知の綱吉である。

    ………あまりの事態に固まってしまった獄寺が動き出すまで、いかほどか。
    きっとさほど残っていないに違いない。
    やはり逃げよう。そう生唾を飲み込みながら一歩踏み出そうとした瞬間。
    ひくり、と静寂を震わせる小さな音がランボの動きを止めた。


    丸い目を大きく歪めて。薄い水の膜をゆるりと広げていく。
    肩から指先までを細かく震えさせて。吸い込む息は鋭く、短い。
    ランボ自身がよく知っている、泣き出す一歩手前の姿だ。
    がちん。
    そうひどく重たく聞こえた(気がした)音に振り返れば再び(どころか前以上にかちかちに)固まってしまった獄寺の青い顔が映る。
    ―――ああ、この人は本当にボンゴレに弱い。
    ランボが泣こうが喚こうがまるで構わなかったくせに相手が変わっただけでこうも違うとは。
    まあ、相手が相手。だからだろうけれども。

    その全く役に立たない獄寺の姿に、たじろいでしまいそうだったランボの腹が据わる。
    泣いている子どもに慣れてはいなくとも、泣いている子どもに差し伸べられる術を、己はよく知っていたから。



    「ボン……、ツナ」

    ぴくりと、揺れる小さな身体。
    大丈夫だ、と己へとランボは言い聞かせる。
    知っている。体感しているのだ、自分は。
    だから大丈夫。浮かぶ大事な人は映像の乱れすらなく、しっかりとランボの内へと残っているから。きちんとなぞることができる。

    ―――ひとつ、満面の笑顔。ぎこちなさが及ばぬよう、精一杯、踏みとどまって。ゆっくりと怖がらせぬよう歩み寄った。

    「大丈夫、ツナ」

    ひとつ、陽だまりのように温かな声。モデルとするのは呆れながらもいつだってランボを呼んでくれた人のトーン。

    「大丈夫、ここにはツナを苛めるやつなんて、一人もいないから」

    ひとつ、下からすくい上げるように差し伸べられる柔らかな両手。包む絶妙な力加減を思い出して、少しでも添うようにそっと触れる。
    信じてくれ。と、言外に含めた願いを、

    「……う、ん」

    やはり取りこぼすことはないのだ。いつだってこの大空は。

    「………ツナ」

    笑顔も声音も手のひらも。いずれもこの小さな子どもがいつか、ランボへと与えてくれるもの。
    惜しみないその優しさにどれほど涙をぬぐわれたか。己を構成する半分は彼の言動でできていると、また痛感させられる。

    怯えさせて、ごめんなさい。

    この気持ちをどう言えば過たず伝えられるか。そう、記憶の棚をひっくり返そうとしていたランボを。
    けれど

    「おい、アホう……ランボ」

    無理に抑えた声が呼び止める。
    獄寺氏、それ、逆効果です。なんて綱吉を泣かせないよう必死な彼に教えるのはあまりにも酷だろうか。
    などと、ちょっとした優越感に浸る間もなく。

    「5分、とっくに過ぎてるんじゃねぇか?」

    今度こそ血の気が引きに引ききった音を聞く。



    獄寺によるランボ死刑執行。
    猶予はあと、どれだけか。





                                                                                                                                                          09.02.12UP