口元を汚す血を無造作に拭う。
グローブが擦れて何ともいえぬ感覚を及ぼしたが、まあ、今はどうでもいい。
傷が開いていようが、血のにじむ範囲が広がっていようが構うことはないのだ。
今、綱吉の思考をうめるのは、ただひとつ、“帰りたい”ということ。
髪を揺らす爆音は耳慣れたおのれの嵐とはまるで違うし、
火花を散らす剣戟もおのれの雨の優雅さには遠く及ばない。
囂々と交わされるどなり声はおのれの晴ほどに迫力はないし、
飛び交う武器はおのれの雷ほどむちゃくくちゃでもない。
迫る殺気はおのれの雲に向けられるものに比べればそよ風のようで、
画期的だと叫んでいた陰謀とやらもおのれの霧に比べれば児戯のごとく、だ。
足りない。
そう思わされる。
こんな日常とはかけ離れた場所で。
会いたい。
簡単に見つけてしまう己の心の真ん中に、けれど素直に認めるのはどこか悔しかった。
だが、
だからこそ、こうまでも足止めさせられる苛立ちを素直に敵へとぶつけられる。
「邪魔をするな」
投げかけた声は零下のもの。
冷たさの中に、決して溶けぬ熱さを含んだそれ。
融解させることができるのは、ただ一人の姿。
「Io
vado ad
abbracciarlo」
なんて、とち狂った台詞を吐いてしまうほど。
いつの間にか染まってしまったイタリアらしさに、笑って。
取りあえずは負傷なんて無粋なものに邪魔されぬよう、炎の出力を上げた。
09.02.06UP