宿題の最中にノートが切れかけているのに気がついて、玄関の扉を開けたのが10分前。
足を踏み出す前から降り続いていた雨の空気が、まだ漂っていたのは知っていたのだけれども。
―――ちょっとそこのコンビニまで行く間に降られるなんて、お約束すぎるよ…。
はあ、と吐いた息は無色透明で。そういえば夜の外出なのに上着もはおらず歩いていたな、と己の両手を見下ろした。
綱吉がいま雨をしのいでいるのは、公園に咲く桜の木の下。
去年、物騒で、にぎやかで、楽しかった花見をした場所。
今年もみんなで花を見に来ることになるだろう、その花びらを見上げる。
五分咲きといったそれは振り下りる雨に揺らされていて、雨に雨が重なる。
透明と桜色と。舞いながら足元の水たまりへと落ちていく景色はきれいというに相応しいのだろうけれども。
出来れば散らせてくれるなと、天に乞う。
雨に濡れた桜は元気がなくなってしまうし、
咲いたそばから散ってしまう姿がどこか悲しかったから。
ひらりと、また一枚、目の前をよぎる花弁に胸元へと右手が寄る。がさり、とコンビニのビニール袋が音をたてた。
「夜更かしなんてずいぶんと偉くなったもんだね」
左上から降ってきた音は耳に慣れてきていた雨とは違う、綱吉にとって何ともタイムリーな声。
「ひ、ひ、ヒバリ、さん」
「中学生はとっくに家に帰る時間だよ」
知っているだろう。無言でそう問うてくる深淵の黒に、固唾をのむ。
何だってこんなタイミングに……あ、制服のまんまじゃん、てことは風紀委員継続中ってことで…。
そんな風にぐるぐると混乱に沈みそうになるのを何とか踏みとどまる。
理由を告げなければ綱吉に待つのはとてつもなく痛い制裁だけなのだから。
「の、ノートが切れてたので、買いに行ってました」
いつもよりも半秒は遅い綱吉の発言を聞き終えたあと、据えられていた視線がようやっと外される。
半透明の袋の向こうに言葉通りのものを確認したのだろう、逃げることを許さぬ双眸はどうにか不快さをぬぐってくれたようで。
どうしてか、立ち去らず、傍らにある。
―――こ、これって、どうすればいいんだ?
雲雀恭弥とふたり、桜の下で雨宿りなど想像もつかない綱吉は冷や汗を流す。
雨はいまだ止む気配をみせなくて。
いっそのこと最敬礼をかましてとっとと家路へ走り去るべきか。パンクしそうな思考の結果を形にしようと綱吉が決死の覚悟で上げた顔の先。
ふと、髪にふれる、感触。
「ひとりで夜桜なんて、まだ早いんじゃない?」
淀みなく滑る指の長さ。
5本あるそれは手首へとつながり、肩をたどって。
「――っ?!」
「花びらが付いても気がつかないような子どもにはさ」
親指とひとさし指。開かれ空へと舞う、一色。
用が済んだんなら帰りな。
そう返事も待たずに向けられた背を、
綱吉はただ、声もだせずに見送って。
―――あれは、……反則です、ひばりさん…。
蹲ってしまいそうな衝動を必死に耐えた。
夜気に踊ったひとひらの欠片。変わりないはずのそれが、
それだけで
散ってくれるなと願っていたことなど一瞬にしてかき消される。
咲いたそばから散ってしまう無情さを見上げるだけしか出来なかった己を揺さぶる。
雲雀恭弥。リボーンと並んで綱吉を心底から震えあがらせる人物を、わずかに感じるだけでひどく落ち着かなくなると気づかされたのはつい最近のことで。
なくしてしまおうと決めていたのに、あっさりと崩す。
雨露をまとう桜が、色を増した気がした。
09.03.22UP