「今時カレー?小学生でももっと手の込んだもの作るんじゃない?」
細心の注意でもって盛り付けた皿。それをランチョンマットまで敷いた机の上に置いていた綱吉は盛大に顔を引きつらせた。
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さめざめ。
音にするならそんな態度で綱吉は重くため息をつく。
右にはカレースプーン、左には適当に畳まれたエプロンを手に。
「ひ、ひどい…」
「何が」
「横暴です…」
「訴えるなら具体的に言ったら?」
「ヒバリさんが“昼食時だね。何か作ってよ”って言うから、頑張って作ったのに…」
「それってもしかして僕の真似?」
ふっと微笑んだ漆黒の瞳にスプーンを握りしめ(わざとらしく)嘆いていた綱吉は180度表情を変え、乾いた笑いを立てながら、
『まっさかー!!もちろんただヒバリさんのセリフをくり返しただけですよ!ええ!カレーも固形ルー使いましたし!』
と無意味に明るくまくし立てた。そして当然のごとく机上へと叩き伏せられた。
「もうちょっと誠意ってものを学んできなよ」
「……待たせたら悪いかと思ったんです…」
「へえ」
「すみません、嘘つきました!!カレーレベルしか作れないんです!」
だってそうだろう。“趣味=料理”でもない男がそう簡単に自慢の一品を披露できたら世の中のモテない男の何割かは確実に減る。
「でも、待たせたくなかったし、待ちたくなかったってのもちょっとはあります」
オレもお腹空いてたので。いつの間にか正坐になっていた足を椅子の上から下ろしながらスプーンをカレーへとのせる。ふわり、と、湯気がたった。
「あったかいご飯ですぐ作れるのってカレーしかなかったんです。すみません」
雲雀が微かに肩をすくめた。―――どうやらお許しは出たらしい。
ほっとした弛んだ気持ちにつられ、緊張していた綱吉の口はまた滑らかさを取り戻す。
「カレーってたしかに子供でも作れるようなものですけどね、けど味には自信ありますよ」
「固形ルーで?」
「う、まあ。でも、リボーンに鍛えられましたからね。今ではオレの舌、通ですよ、通」
「舌が良くても作り手の腕が悪くちゃ話にならないでしょ」
それは遠まわしに不味いに決まっていると仰ってるのでしょうか、ヒバリさん。
一応味見もして自分なりの合格点も出したつもりだったのだが。
ならば。
常にはない、薄く平坦な音域で綱吉は声を紡ぐ。
「お言葉ですが、オレ、今じゃあ調味料のかけらでも分かる舌ですよ?」
たとえば、そう。誰もが気付かないような、そんな巧妙な毒するらも気づけるほどに。
カレーのルーをひと混ぜして、綱吉は微笑む。
モデルは超然とした先生さまであったが、まあ、実際の出来は骸ほどでもいい。
そんな含みのある表情を意識して、雲雀を見つめる。
綱吉はまだ、己の前に置いたカレーに口をつけてはいなかった。
が、
ハッ、と鼻で笑うことひとつ。
「よく言うよ。毒を判別出来ても、混ぜ込む方法なんて知りもしないくせに」
さらりと告げ、美しい所作でカレーを口元へ運ぶ。その雲雀の淀みない応えに。
コンチクショウ、と、心底から綱吉は毒づかされた。
演技力のなさはさて置き、綱吉の嫌味どころではない、悪趣味な言葉に惑うことすらないなんて。
次々と掬われては消えていくカレーに、言いようのない心地をわかせながら
綱吉もようやく一口、すくった。
08.12.29UP