カタカタと震える拳。落ちつきなくさまよう両目ははっきりと恐怖を映していて。
対面した獄寺は“抑えよう”、と胸の内で数を数える。
声にも気配にも滲ませることのないように、常の冷静さをまとって。
母国語ではない日本語で10まで唱えた後に口を開く。
「ボスは無事だ」
その一言こそが何よりも気がかりだったのだろう。目の前の男はあからさまに安堵をしめす。
屈強なイタリア男に不似合いな情けない姿。
だが、それほどに恐ろしい事態であったのだ。此度の出来事は。
獄寺の脳にも刻まれている数時間前の光景。それは暴力のあふれる抗争の最中に起こった。
獄寺の率いる部隊の近くで拳を振るっていた綱吉が、目の前の男―――獄寺の部下を庇って被弾したのだ。
その瞬間の、すべてが凍るような感覚が今も胸をなでている。
だが、だからこそ一層の迅速さをもってして抗争を終えたのだ。
相手となった組織があと30年は満足に機能しないであろうほど徹底的に。
そんな一番の山場を超えた後も、こうして獄寺の仕事は残っていて。
“抑えろ”と今一度、己へと言いきかす。
トーンを変えずに事務的なことを部下へ告げ、全てが終わりそうな時、それまで大人しく黙っていた部下がおずおずと訊いた。
どうしてボスが自分などを守ったのか。
問われたのはこの世界に生きるものなら当たり前に生じる疑問。
庇われるなんて、そんなこと考えもしない世界。
それを嫌だと彼の人は全力で否定する。命が散るのをけして良しとしない。
「あの方は守ることを躊躇わない。だからこそ次は守られることがない程度には強くなれ」
驚愕を飲み込んで、ようやっと頷いた部下に獄寺は席を立つ。
すべき仕事は終わった。
後は、
繊細な彫りが飾る扉を押しあける。
かすかな音に気がついて身を起こすのは、何よりも大切な人。
寝室の入り口に立つ獄寺に目を合わせて微笑む頬には、四角いガーゼが張りついていて。
「怒らなかった?」
問いかけてくるのに、強張っていた首をようよう振る。
縦のそれに綱吉は満足そうに息をついた。
「…10代目」
「ん?」
「10代目」
「…うん」
くり返される呼びかけに眉を下げて、綱吉は獄寺を手招いた。
一歩一歩近づくたびに圧し掛かるような疲労と焦燥感が獄寺の身を包む。
冷静さなんてあっという間に剥がれおちた。
たどり着いたときにはひどく情けない顔をしていたのだろう。綱吉が獄寺の頭を抱えるよう、右手を伸ばす。
「お疲れさま、獄寺君」
ぽんぽんと背をたたく手のひらの感触に、獄寺はきつく綱吉の背を掴んだ。
「…クビにしなかったオレを褒めてください」
「あんなんでクビになったらオレなんてとっくの昔に追い出されてるよ」
可笑しそうに笑う声の柔らかさ。
そんな貴方だと知っているからこそ。
「無事で、良かったです」
「うん」
そう、穏やかさの奥に沈める。
貴方に庇われる全てを疎ましく思っているなんて。
微塵も悟らせることのないように。
09.07.12UP