「俺はさあ、もう何度か実は世界でいちばん幸せなんじゃないかって思ったことがあるんだけどさ」

    決済済みと未決済の書類の間、コーヒーの煙をただよわせながら綱吉が口を開く。

    「こんな遠いイタリアまで来て、こーんな豪華なイスに座ってさ、
     こうして獄寺君たちを引っ張ってきちゃって、いつの間にか一年なんてあっという間にすぎてて、
     ぶつぶつ効率悪く万年筆なんて走らせちゃってね」

    そんな仕事の合間に君がいれてくれたコーヒーを一緒にのんで、思い出したようにあの町のことを語ったりする。でも、
    ふわりと浮かんだ笑みが綱吉の投入したミルクと同じ色で、あまりの柔らかさに獄寺は引き込まれるように続く言葉を待った。

    「頭のいい君は俺より細かく覚えてたりするからついつい忘れそうになるんだけど、君って間違いなくこっちの生まれでしょ」

    なのにしっかりと相槌を返してくれて、思い出も掘り返してくれるんだ。一緒に。

    「すごく楽しくて、すごく、幸せだなあ、と思うんだよ」

    だから、ねえ。いつか、君が生まれたこの国のこともいろいろと教えてほしい。
    今度はこの場所でまた思い出も重ねられたら最高だ。
    と、そうどこか照れくさそうに、嬉しそうに笑う。綱吉は知っているのだろうか。
    その笑顔こそが、獄寺の記憶に鮮明なる色をつけていることを。
    どことなりともお供させてくれ、とようよう告げた顔の、精一杯さに気づいているのだろうか。

    「うん、ナビよろしくね」

    気負いひとつない言葉こそが、何よりの動力源だと。





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