なーあ、ツナ。

    熱い日中の温度のように、間延びした声。溶けてしまいそうにダルダルなそれに、
    ツナは『なに?山本』とすぐに返事をくれる。
    ああ、うん。
    この“山本”っていう四つの音、好きだなあ。
    耳に触れて、するりと染み入る感じ。特別だと思う。
    そんな風にぼんやりとしていたのを、ツナがふしぎそうに覗きこんできた。

    いいことでもあったの?

    なんて。まるでツナこそいいことがあったみたいに、笑って訊いてくる。
    うん、前言撤回。
    ツナの全部が好きだ。
    声も表情も、いっしょに過ごす空気全部がたまらなく大事だと思う。
    それなのに。
    今の今まで真正面で、オレだけを映していた薄茶の瞳がふわりと逸れる。
    その向かう先を、ツナが呼んだ。

    ごくでらくん。

    オレよりふたつ多い音。
    どこか柔らかな響き。
    呼んだ声が馴染んで消えるより速く、獄寺がここへとたどり着く。

    お呼びですか、10代目。

    じゅうだいめ。の部分で一等の笑顔。
    それだけで獄寺も自分と同じだと分かる。
    それだけが、どうにも山本の悩みの種だ。

    獄寺。

    呼べば、何だよ野球バカ。と、ツナに対するのとはまるで違う威嚇の視線。
    獄寺も分かっている。
    獄寺も山本も、同じ方向に向かって手を伸ばしているのを。
    分かっていて。そして動けないのも同じ。
    山本もツナと獄寺と、三人一緒にいるのがどうにも好きだったから。
    でも、
    それでも、どうしたって譲れないものがある。
    一秒だって長く自分の方を見ていてほしいから。

    ツナ。

    名を呼んで、その手を引く。

    っ、10代目。

    獄寺も呼んで。でも触れられない、手。

    なあ、獄寺。
    オレがお前が踏み込めないその一歩を待っていられるのは、もう後少ししかないんだ。
    だからいい加減、同じ地点へ足を進めてくれ。


    出来るならせめて
    少しでも後腐れのない場所から、この関係を変えよう。





                                                              09.06.02UP